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 夢



――どうして。

動かないフランソワーズを抱き、僕はただ立ち尽くしていた。

「……009」

重い足音が背後から近づく。005だ。
銃撃は、止んでいた。

鼻を突く硝煙と血のにおい。
体に馴染んだそれは、僕がたった今、加速装置を使ったことを告げていた。
僕はフランソワーズの亡骸を005に預けた。

「どこで、眠らせてやればいいだろう」
「……009?」
「彼女が望んだ、暖かい光に満ちた、穏やかな場所……ドルフィンに連れて行くわけにはいかない。そうだろう?」
「……」

さっき彼女が指に巻いてくれた布をほどき、ぎゅっと唇を結ぶ。
そこに、傷などない。

――こうして、ジョーのけがを手当する日が来るなんて。

幸せそうな声。
温かなまなざし。
すべて、幻だった……?

「……これが、僕の望んだ未来。そして……君が選んだ答?」
「うっ!な、なんだ……?!」

005の珍しくうろたえた声に振り向き、僕は目を見張った。
彼の腕がからっぽになっている。
思わず叫びかけた僕を、どこかから届いたひどく冷めた声が打った。

――慌てる必要などない。

「フランソワーズが、消え、た……?馬鹿な!」
「……違うよ、005。消えたんじゃない」

――はじめから、いなかったんだ。

僕は重い息をつくと、のろのろと005から視線を外し、振り向いた。
さっきから気配を感じていた。
間違いない。

「カタリーナ。出てこいよ……そこにいるんだろう?」
「……」

無表情で木の陰から現れた彼女は、傷一つ負っていない。
僕はためらわず、銃口を彼女に向けた。

「私を殺すのか、009?」
「それは……君次第だ」
「……なるほど」

カタリーナは薄く笑い、両手を挙げた。

「ならば情報を提供しよう。……私もブレスドだ」
「……」
「能力は、全てのブレスドとつながることのできるテレパシー。リンカーと呼ばれている」
「どうしてそれを僕に教える?」
「お前は……お前たちは強い。ガーディアンズよりも、エンペラーよりも。私が協力すれば、お前たちの勝利はゆるぎないものとなる。私を生かすか殺すかを考えるのはそれからでもいいだろう」
「……面白い」
「009?!」
「彼女の話を聞いてみようよ、005。……とんでもないことになりそうだ」
「009、どうしたのだ?そんなことより、今は003を……」
「言っただろう?003は消えたんじゃない。探しても無駄だ」
「……」
「とにかく戻ろう。とりあえず、ガーディアンズをどうにかしなければ」

――戻ろう?どこへ?

戻る場所なんかない。
はじめからそんなものはなかった。

僕は自分で作らなければならない。
僕の戻る場所を。
自分で見つけなければならない。
君を。

いつか……いつ、か。
でも……いつ?

目の前が暗くなる。
このままではいけない、と誰かの声が聞こえる……気がした。
でも。
でも、僕に何ができるというのだ?


もう、後戻りはできない!




「――!」
「ジョー。……目が覚めた?」
「……」
「ひどく、うなされていたわ」
「……」

のろのろと体を起こし、どこかうつろなまなざしでじっとこちらを見つめる彼を、フランソワーズは不安そうに見つめ返した。

「……君、は……?」
「やだ。……私はフランソワーズ。003ともいいます。目、覚めましたか?」
「――っ、痛っ!な、何するんだよ?!」
「さんざん寝坊した上にトボけたことを言うからよ。いい加減、降りてきてくれない?朝ご飯がすっかり冷たくなってしまったわ」
「……うん」

そのまま部屋を出ていきかけたフランソワーズが、ふと振り返った。

「ジョー。……夢を見たの?」
「あ。たぶん。でも……わからない」
「この頃、よくうなされているけれど……」
「うん。そうらしいね……ジェットにも言われた。だけど、どんな夢だったか覚えていないんだ」
「まあ。……イワンが起きたら、相談してみる?」
「うーん……それは、ちょっと」

言葉を濁すジョーの表情にフランソワーズは思わず微笑した。
たしかに、あの赤ん坊の冷静な声で夢診断されると思うと、あまり楽しい気持ちはしない。

「とにかく、今すぐ起きてくれるなら、スープを温めなおすけど?」
「うん、頼むよ……ありがとう」

申し訳なさそうな彼の声を背にドアを閉め、キッチンへ向かいながら、フランソワーズはふと物思いに沈んだ。

悪い夢を見るのも当然だろう、と思う。彼が経験したことの重さを思えば。
そのわずかな片鱗を窺い見ただけの自分でさえ……

「――っ?!」

――いけない、また……?!

フランソワーズはとっさにその場にしゃがみこもうとした。
あと数歩で階段だ。こんなところで「発作」を起こしたら……!

が、次の瞬間、すさまじい光に包まれ、フランソワーズは意識を失った。

誰かの、叫び声が聞こえたような気がした。




「フラッシュバック?」

――ウン。たぶん、これが初めてじゃないね。階段の直前で倒れていたから。予感があって危険を避けたんだろう。

「一体何の……って、言ってもな……」

トラウマになりそうなコトなんざ、心当たりがありすぎるぜ……とぼやきながら009に目をやった002はふと口をつぐんだ。彼がほとんど蒼白になっているのに気づいたのだ。

「どうかしたのかい、009?」

008も気づいたらしい。心配そうに009を覗いた……が、その声も耳に入らないように、009はただ眠る003を見つめていた。

――そうだね。君の考えは部分的には正しいよ、009。ちょっと違うけど。彼女は君が加速中に見ている景色を見たんだ。カタリーナを通してね。

「……カタリーナ?」

――同じものを僕も見た。正直驚いたけど、予想の範囲を超えるものではなかった……が、003は違っただろう。あの時、同じようにカタリーナに同調したエンペラーの動揺を覚えているだろう?

「まさか。そんなことはありえない!第一、カタリーナの能力は、ブレスドにしか……」

――確かに。つまり、003はブレスドである可能性がある。

「……なっ?!」
「何、言うアルか、001?!」

――ついでに言うなら君もだ、009。そもそも、カタリーナは君にシンクロしたのだから。……でもカタリーナは君をブレスドだと認識してはいなかった。もちろん003のことも。ということは、君たちは少なくともカタリーナの知るブレスドではなかったということだね。それで、本当の問題は、そんな君たちをどんな名で呼ぶかということではない。

淡々と語る001の言葉に、004が軽く肩をすくめ、うなずいた。

「新しい名など必要ないだろう。アイツは003で、コイツは009だ。……それ以上何を考える必要がある?」
「まあ、そうだな。……名前についてはそれで十分だ。当面、僕らが考えるべき問題は、そのフラッシュバックが彼女にどんな影響をもたらすかってことかい、001?」

――そういうことだよ、008。よくない影響であることは間違いないけれど。とはいえ、一方で加速空間は009がこれまで無数に経験してきたことでもある。それなら彼女だって……

「やめてくれ!」

鋭い叫びに、サイボーグたちは驚いて009を振り返った。
聞いたことのない声音だった……が、間違いなく叫んだのは彼だ。

「001、すぐに彼女のその記憶を消せ。君にはできるはずだ!」

にらみつけるように見つめる009を、ふわりと宙に浮かび、見下ろしながら、001は首を振った。

――無理だよ。もしうまくいったとしても、君に関する記憶も一緒に消えてしまうだろう。それに連動して、もしかしたら彼女がサイボーグとなってからのことも全て……

「……かまわない」
「おいおい、無茶を言うな、009。……百歩譲ってそういう方法をとるとしてもだ、最低限、003の意志を確認しなければ……」
「確認すれば、彼女は拒絶する。それぐらい、わかるだろう?」
「いや、だからこそ、だな……」
「001!」

止めようとした007を振り払い、009は001に手を伸ばし、捕らえようとした……が、001は難なくそれをかわした。

――落ち着くんだ、009。君はやっぱり彼に似ているね。

「……っ!」

――そうだろ?

「彼……って?」
「エンペラーさ。他に誰がいる?」
「何っ!?」

こともなげに言う004を002は鋭くにらみつけた。
が、004は動じなかった。

「たしかに、009。お前たちはよく似ているよ……俺にはわかる。あのステーションで、短い時間だがあいつの脳波に触れたんだからな」
「フザけるな。あのイカれた野郎とコイツの何が似ているっていうんだ!」

詰め寄る002には答えず、004はじっと009を見据えながら続けた。

「記憶操作は許さない。お前にわからなくても、俺たちは知っているんだ。彼女を彼女として生かしているのはその記憶に他ならないことを。忌まわしい血塗れの記憶……戦いの記憶。お前に関する記憶の全て。それを失えば、彼女はもう彼女ではない」
「そんなことはない!彼女は……フランソワーズは!」

――実に無垢でかわいらしい女性なのだ……とでも言うつもりかい、ジョー?

「……イワン!」

――君は気づくべきだ。彼女が君の傍らにいることの本当の意味を。

「そんなことは、わかっている!君なんかよりずっと……!だからこそ!」
「ハイハイ、また難しい話してるアルな?……ったく、腹が減るとアンタたちはすぐコレね!……フランソワーズがそろそろ目を覚ますから、おいしいおかゆ作ったヨ。アンタたちもお相伴するヨロシ」

――僕はミルクがいいんだけど。

「いいも悪いも、それしかないアル。早く大きくなるヨロシネ」

――大人にはかなわないな。

「おい、どうでもいいが、おかゆ、かよ?ソレが昼メシか?」
「そうネ。体にイイものたっぷり入れた特製よ!鍋いっぱい作ったから安心ネ!」
「うー。マジか……」
「好き嫌いは許さないアル!」

威嚇するかのように大きな腹をたたいてみせ、006は笑った。




黙っていてごめんなさいね、と微笑む003を、009は黙って見下ろした。

「001はとっくに気づいていて、私の様子を見てくれていたんですって。考えてみたら当たり前よね。ううん、私、たぶんわかってたの。だから黙っていられた。001に甘えていたんだと思う……情けないわ」
「001だって、ずっと起きているわけじゃない。起きていたって、間に合うとは限らない」

……そうだ。

009の脳裏に、003を撃ち抜いた弾丸がよぎった。

「彼だけじゃない、僕だって。誰も間に合うとは、限らないんだ」
「ええ、そうね」
「……フランソワーズ」
「私が、間違っていたわ……だから私たち、秘密なんて持ってはいけないのに。そのときが来たら、どんなに後悔したって、仕切れないのはわかっているけれど……でも、せめて話していてくれたら、もしかしたら、なんて……そんなこと、思いたくない。誰にも思われたくない」
「そのときって……君は何を」
「いつか、そういうときが来るわ。いつか、必ず」
「……」
「きっと後悔せずにはいられない……でも、だからって、努力しないわけにはいかないものね」
「……」
「001のカウンセリングを受けるわ。もし、私には耐えられない記憶だと判断されたら、消されても仕方ない。でも、できれば私は覚えていたい。あなたが戦いのとき何を見ているのか……あなたの苦しみを少しだけでも感じていたいの。そうでなければ、カタリーナが……」
「カタリーナ?」
「ええ。これはカタリーナが、最期に手渡してくれた記憶よ。きっと、彼女の願いでもあると思うの。あなたを……わかってあげてほしい、って……正直、私には荷が重いわ。でも、そう。努力しないわけにはいかないから」

明るく微笑んで起き上がった003は009が差し伸べた手をやんわりと押しとどめ、一人でベッドを降りた。そのまま振り向きもせず部屋を出ようとする背中に、009は呻くように言った。

「……嘘だ。君は、まだ秘密を明かしていない」
「ジョー……?」
「僕は、諦めない。いつか、君の本当の願いを……」

――ジョー、私、本当に嬉しい。

本当の、願いを。