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判断

警告音はずっと聞こえていたような気がする。
深入りするな、退け!と、絶え間なく言われ続けていたような気がする。
が、止められなかった。

それは、もしかすると「敵」のすさまじいまでの攻撃本能にあてられた、ということなのかもしれない。
そんなこともぼんやり思う。

――あとは。

加速装置がリミットを超えた。
どんなに気力を振り絞ろうと、動かないものは動かない。
それが、機械だ。

――だから、あとは!

009はぐっと拳を握りしめた。
猛然と迫る「敵」に向き直り、身構える。

違う。
無謀じゃない。
僕は、退かない。
コイツにあてられたんじゃない。
本能なんかじゃない。
僕は知ってる。
これが……これ、こそが、

――勇気だ!

009は「敵」の正面に飛び込んだ。
振り出された拳に、渾身の力を込めて自らの拳を放つ。
次の瞬間、全く経験したことのない巨大なエネルギーにのみこまれた。

「……く……っ!」

右腕が不気味にきしむ。もう痛みすら感じない。
が、手ごたえはあった。
「敵」も無事ではない……009は直感した。

――このまま、トドメを刺す!

全身が燃えるように熱い。
そんなことにかまってはいられない。
が、かまうことなく動き続けたら、動力炉が爆発する可能性もあるかもしれない。

――もう、どうなってもいいんだ!

爆発するなら、すればいい。
コイツの懐に飛び込んで……そして。

僕がここで力尽きたとしても。
あとは、仲間が……仲、間……が?!

「ジョー!」

――フランソワーズ……っ?!

009は反射的に右腕を分離するスイッチを押した。
同時に、目の前が暗くなる。

「敵」が倒れる重い音、そして、聞き慣れた軽い足音。
だが、「敵」は一人ではない。
まだ、銃を持った男が……

「一人は、生身の人間。ブラックゴーストの科学者かしら?」

彼女の通信が蘇る。
そうだ。
彼女は、とらえていた……はずだ。
生身の男……銃を持っていても、彼女は……彼女なら……

「ジョー!……ジョー?!」

――僕に、構うな……逃げろ!

「ジョー、あなた、腕を……ああ、なんてこと……!」

――逃げてくれ……頼む……から……

腕を分離すると同時に、体が一斉にシステムダウンへと走り出した。
逆らえない。もう動けない。
どんなに気力を……振り絞ろうと。
それが、機械だ。

――でも!

「……フラン……逃……げ」
「ジョー?……ジョー!!」

抱き起こした009の体から突然全ての力が抜ける。
それが「正しい」処置の結果とわかっていても、003は体の震えを止めることができなかった。




「……人間の敵は、人間だけではない」

003は、少年が残した言葉をふとつぶやいた。
彼らは、いったい何者だったのか。

009にこれだけのダメージを負わせ、凄まじいパワーを操る……まるで「悪魔」そのものの外見をしたモンスター……の、はずだった。
でも、あれは……

ただの、普通の人間……少年だった。
二人とも。

「悪魔」は少年の姿になり、倒れた。
その彼の体を、もう一人の少年が自分の着ていたコートを脱いで慎重にくるみ、抱き上げ……ちぎれ落ちていた腕をついでのように拾い上げて。

――彼は、少しも取り乱していなかった。こんなこと……ありふれた日常だと言わんばかりに。

003は溜息をつき、そっと009の頬に触れた。
まだ熱い……が、さっきほどではない。

「……フラン……ソワーズ……?」
「ジョー……気がついた?……もうすぐドルフィン号が来るわ。もう少しだけ、我慢してね」
「……どう、して……君は」
「喋らない方がいいわ……ひどいダメージを受けているのよ」
「どう……して……きみ……逃げ……な……」

それでも、敵がもう近くにいないことを察したのだろう。
009は苦しげに息を吐き、そのまま再び目を閉じた。
沈黙が落ちる。

「どうして……?どうして、かしら……」

003は膝に抱き上げた009の頬を優しく撫で続けた。

「あなたは、私を逃がそうとしてくれたのね……自分の命と引き替えに……もう、そうすることしかできなかったから……でも」

――あなたのいない世界で……生き延びる意味なんて、あるのかしら?

「ヘレナの気持ちが、わかったような気がするわ」
「……フランソワーズ……?」

はっと目をあける009の表情が怯える子供のように儚い。
003は微笑し、ゆっくり首を振ってみせた。

「大丈夫よ……そんな顔しないで。今度、こんなことがあったら、ちゃんと逃げるから」
「……今度、なんて……ない、よ」
「ええ。そうね、きっと……」

――あなたは、きっと、どんどん強くなる。

「私も……もっと強くならなくちゃ。……これからも、あなたの仲間でいるのなら」
「きみ……は……強い……よ」
「そう、かしら……?」
「ごめ……ん……もう……」
「ええ。安心して眠ってちょうだい……もう、誰もいないわ。私が言うんだから、間違いなくってよ」
「……うん」

うっすらと微笑みのようなものが009の顔に浮かび……消える。
彼が深い眠りに落ちたのを確かめ、003は空を仰いだ。
ドルフィン号が近づいてくる。

「人間ではない、敵……」

恐ろしくないといえば嘘になる。
でも、本当に恐ろしいのは……

――あなたを失ってまで、生きていたくなんかないわ……でも。

でも、あなたはきっと言うのね。
逃げろって。
逃げて、戦って……どこまでも生き延びろと。

それなら、私は生きる。
そうして、いつか見届ける。
あなたの望み通り、戦いの果てを。


それは……神の世界かしら?
それとも、地獄かしら?

どちらでも同じでしょうけれど。
あなたが、いない世界なら。