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ゆりかご
1
「……消えた?!」
不意に二人の009の姿がかき消えた。
サイボーグたちが目を見張るのと同時に、すさまじい衝撃がおそった。
「そりゃ……ここでは戦えないさ。場所を移したんだろ?さっき001が言ってたじゃないか」
いまいましげに008が言い、カプセルを振り返った。
「チッ……クソッ、半端なことしやがって、あのクソ餓鬼が!」
「お、大丈夫なのか、ジェット?」
「へっ、……何が殺すことだってできる、だ……!こんなヌルい攻撃、俺たちには……」
「……そうか、それも場所を移した理由のひとつかな」
「……ピュンマ?」
「ある意味、彼は本気だってことさ……本気で、009だけを殺そうとしている」
「なんでまた……」
007は長い息をつき、006は肩をすくめてみせた。
「究極の兄弟喧嘩アルな……」
「いや、そういう問題か?」
「たまらんな。……ウンザリするが、我々兄貴たちとしては、見届けにいかにゃならんのか?」
「いや……それよりやるべきことがあるよ、007」
時折襲う激しい振動に眉をひそめながら、008は慎重にカプセルとその周辺を調べ始めた。
002が呻きながらようやく身を起こし、首をかしける。
「気持ちはわからんでもないが……ピュンマ、無駄だろ?俺たちではどうにも……」
「もちろん。でも、どうして001がこんなことをしたのか……手がかりがあるかもしれないからね」
「……ウム」
005もうなずき、ゆっくりカプセルに近づいた。
「003が……呼んでいる」
「俺たちを?……いや、ジョーをか?」
「でも、このモニタを見る限り、彼女の脳波はほとんど動いていないよ、005?」
「……」
「脳波が動いていないなら、テレパシーのやりとりも不可能だということだろうな……ほとんど殺したも同然だ。殺さなければならないが、殺したくない……そんなところなんじゃないのか?」
「やっぱり、反抗期じゃねーか」
「……そういうこと?」
008は002と004を振り返り、やれやれ……と嘆息した。
2
――イワン……イワン!
悲しげな声がまとわりつく。それを振り払うように001は走った。
サイボーグの能力はコピーしなかったので加速装置は使えない……が、そもそもそんな必要はない。
――僕は、絶対に負けるわけにいかない。……それに。
「負けるはずなんかないんだ!」
「クッ!……ウ、ウワーッ!」
加速を解いた瞬間、すさまじい衝撃波に巻き込まれ、009は体のコントロールを失った。
「どうした、逃げ回ってるばかりじゃ、僕には勝てないよ。反撃しないのかい?まさか、仲間の僕を傷つけることはできない、とか?……それじゃ、死ぬ覚悟をしてくれたんだ?」
「……イ、イワン……っ!」
「その名で呼ぶなっ!……僕は、イワンじゃない!」
「こんなことは、もうやめるんだ!……君は、君以外のモノになんかなれない……僕がそうであるように!僕が死のうと生きようと、それは同じだ……本当は、わかっているんだろう?!君は、僕になりたいんじゃない!もちろん、神にだって……君は、ただ、フランソワーズに……っ?!」
最後まで言わせないとするように、001は渾身のESPを放ち、009を地面にたたきつけた。
「世迷い言を……いや、君のソレは油断ならないけどね……これまでどれだけの敵か、君の言葉に惑わされ……自滅していったか。……わかってる?加速装置なんかより恐ろしい、君の最強の武器さ」
「……イ、ワン……」
「でも……残念。今の僕には通用しないよ?」
「イワン……君は……イワンだ……!」
「――っ!」
――あなたは、イワンね?
突然、フランソワーズの柔らかい声が降り、001ははっと身をこわばらせた。
あの時の、感触だった。
3
あなたはジョーではない……と、悲しげにイワンを見つめていたフランソワーズの目に、少しずつ光が戻る。
あ、と思う間もなく、イワンは彼女に抱きしめられていた。
「ああ……!イワン!イワンね……私の坊や!……やっと見つけたわ、もう……離さない!」
「フ、フランソワーズ……?!」
狼狽しながら、イワンは何かが崩れそうになるのを懸命にこらえた。
「違う、僕は……よく見て、わかるだろう?……僕は、ジョーだ!」
「イワン……帰りましょう。探したのよ……ずっと、ずっと探していたの。どうしていなくなってしまったの?……悪い子……愛しい子……私の……大事な大事な坊や……!」
「……君は……まさか?!」
――それでは、君が目覚めなかったのは……僕を拒んだのは……ホンモノのジョーを求めたからではなかったのか?君は……君が探していたのは……僕?
温かい涙が溢れた。
いけない、と思っても彼女の胸から離れられない。
自分の姿が急激に赤ん坊に戻っていくのをイワンは感じていた。
――でも。でも、だめなんだ、フランソワーズ!……君は、やっぱり僕の母親であろうとしている……それでは!
「だめだ、フランソワーズ!……僕は、僕は君を殺さない!そんな運命……そんな世界は、認めないっ!」
――もうわかっただろう。諦めろ、息子よ……オマエは彼女を殺し、神となり、新しい世界を築くのだ!
「いやだ……いやだ、いやだっ!!」
――そうだ、その憎しみを……その怒りを、その絶望を、すべての根源である我らに向けよ!この忌まわしき父と……汚らわしき母に!
「いやだ……いやだっ!……まだ……諦めない。僕は、絶対に、諦めない……出口は、ある……!」
――もし、もしも本当に僕が父と……母に逆らえないのだとしても……運命はそこに定められているのだとしても……僕には、たったひとつ、出口がある……!
「……それが君だ、009っ!!」
4
体が、動かない。
ESPにおさえつけられているのか、深いダメージによるものか、それもわからない。
朦朧としながら、009はうっすらとまぶたを押し上げ、目の前に立つ自分……001をにらみつけた。
冷凍睡眠にかけられた003の姿にわき上がった激しい怒り……が、それを001にたたきつけることはおそらくできないと、どこかでわかっていた
一縷の望みは、彼が自分の姿をしていたことだった。自分自身なら容赦なく叩ける、そう思ったがやはり甘い。
「僕は……僕だ。そして、君は……やっぱりイワンなんだ」
攻撃することなど、できない。
それではフランソワーズを救えないのだとしても……でも。
「イワン……これが、君の望みだというのか……?」
「……」
「僕を殺しても、何も変わらない……君は、君だ。フランソワーズも……何も、変わらない」
「……言いたいことは、それだけか?」
「君は、彼女と共に生きたいんだろう?……彼女を愛し、彼女に愛されて……そうやって生きることのできる世界を守りたい。それだけだろう、イワン?……なぜ、こんなことをする必要がある?」
001は一瞬苦しげに顔をゆがめ……微かな笑みを浮かべた。
「そう……だね。……そんな必要はない。君ならそう思うだろう、009。君にはたやすいことなんだ……僕は、君が何の努力もせず、迷いもせず、当然のように彼女を愛し、彼女に愛されているのをいやというほど見てきた……そうさ、君にはたやすいことだ……だからっ!」
「……クッ!……や……めるんだ、イワン!」
「君のその幸せな世界で、僕はこういう役回りだ……そして、彼女は僕の母親、僕によって不幸のどん底に落とされ、僕に殺されるために選ばれた、宿命の女!」
「イ……ワン…っ!」
「わかるか、009?……僕が君を殺さなければならない理由……そして、君が僕と戦わなければならない理由が?僕は、この世界を壊さなければならないんだ……君を倒し、僕の宿命をふりほどき、彼女を手に入れる……島村ジョーとして!認めたくないなら、抗え……僕と戦え!」
「……違うっ……!君は、忘れている……いや、僕だってわかっていなかった……でも、今ならわかる……僕を見ろ、イワン!」
「……何?」
「よく、見てくれ……よ……僕は……誰だ?」
「……何を……言っている?」
「思い……出したんだ……初めて……君たちと出会ったときのことを」
「……」
「フランソワーズは……本当に愛おしそうに君を抱いていた……彼女の目も、表情も……全身が語っているようだった。君が何より大事なんだと……僕は……だから、僕は……!」
「……009」
「それは、僕がほしくてほしくて……でも、どうしても得られなかったものだ。イワン……僕に、返してくれ……君たちを……もし僕に、まだその資格が……あるなら……!」
「やっぱり……君は危険だよ、009……恐ろしい武器を持っている……でも、言ったはずだ、僕には通用しないと!」
叫ぶなり、001は渾身のESPを放った。
自分をまっすぐ見つめる009の瞳は限りなく澄み、なすすべもなくその中に引き込まれそうになる。
――その目を閉ざせ!……永遠にだ!!
「……っ!……えっ?!」
「な、に…っ?!」
突然、まばゆい光の柱が二人の間に上がった。
ESPの波動がかき消え……二人は同時に叫んだ。
「フランソワーズ!」
5
「な、なんだ?!何が起きてる、ピュンマ?!」
「わからない!……だが、まずいぞ!……これは、まさか?!」
一斉に警告音が鳴り響き、赤いランプがあちこちで点滅している。
チクショウ……っ!と額に汗を浮かべ、懸命にコンピュータを操作しようとする008の指に、強烈な電流が走った。
「うわああああああっ!」
「ピュンマ!」
「……脳波が……動いている。それだけじゃない……このままだと、覚醒する……!」
「覚醒?……フランソワーズがか?」
鋭くカプセルを振り返り、004は舌打ちした。
「は、早くカプセルを開けるアル!……覚醒したら、フランソワーズ、ほとんど生身の体ね!死んでしまうアルよ!」
「わかってる……っ!だが!」
「完全にイカれてるじゃねーか、この装置!どうなってるんだ!おい001!どこにいやがる!なんとかしろ、001!!」
――みんな、伏せろっ!
強いテレパシーに、体が有無を言わさず反応する。
それは、長い戦いが彼らに刻んだ習慣だった。
耳をつんざく轟音とすさまじい振動が続き……収まったとき。
サイボーグたちは、いつの間にか床に倒れ、眠っている003に目を見張った。
「カ、カプセル……開いた、アルか?」
「……001、だな……?」
――まだ、危険だ……彼女を一刻も早く、ギルモア博士のところへ!
「お、おう……って、オマエがテレポートするのが手っ取り早いだろう、001!」
――ウン。でも……ごめん、力が残ってない。
「な……に?」
――逃げてくれ、みんな。009は外にいる。この島は……もう、もたない。
「そりゃまあ……そういうことなら逃げるしかないが。オマエさんはどこにいるんだ、001?」
――結構、遠いところさ。大丈夫、僕は死んだりしない。いいから、早く逃げるんだ。
へっ、と唇をゆがめ、007は004と顔を見合わせた。
「オマエらしくない言いぐさだな……009ならわかるが」
「そうだな。で、もしヤツなら……そう言われてはいそうですか、と逃げるわけにはいかない状況でもある、と」
「やれやれ……やってられねーぜ」
――やめろ!逃げるんだ、早く!
「バーカ、俺たちを誰だと思ってやがる、001?」
「さっさと居場所を吐けよ、時間がないんだろ?」
「ン?……アラ?返事するよろし!こら、001!!」
テレパシーがかき消え、サイボーグたちは素早く視線を交わし合った。
「手間かけさせやがって……002、オマエは003を連れ出せ!あとはあの反抗期のバカヤローを探すんだ!」
「了解!……って、004、いくらムカつくからって、見つけるなり機関銃はナシ、だぜ?」
「冗談言ってる暇はないだろう!急げ!」
「……待ってくれ、みんな!」
はっと振り向くと、009が肩で息をしながら立っていた。
「無事だったか……じゃ、ねーな。なんだオマエ?ぼろぼろじゃねーか」
「……イワンの行く先なら、僕が知ってる……ここは本当に危険だ、みんな逃げてくれ」
「お言葉だがな、オマエにそう言われてはいそうですか、と逃げるわけには……」
「逃げてもらう。……これは僕とイワンの問題だからね」
「……っ!てめェ……」
つかみかかろうとした002の手が届く前に、009の姿は消えた。
008がやれやれ……と首を振る。
「信じろっていうつもりかね……?でも、他にどうしようもないか」
「そういうこと、らしいな……行くぞ。戻ったとき、003や俺たちが無事じゃなかったら……またあいつらにひと暴れされちまうからな」
「……困った坊やたちアルね……」
ぼやきながらも、サイボーグたちは素早く動き始めた。
たしかに、一刻の猶予もならない状況だった。
「遠いところ……か」
004はつぶやいた。
もう009の走る音は聞こえない。
彼は001を追ってどこまで行ったというのか。行けるというのか。
「だが……オマエは」
超えなきゃならねえ。
それがどんなに遠くても、だ。
連れて帰れ、ジョー。
オマエの全てをかけて、あの手に負えねえ赤ん坊を。
……オマエたちの、ワガママ息子をな。

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