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 ゆりかご
第10章 距離


「……消えた?!」

不意に二人の009の姿がかき消えた。
サイボーグたちが目を見張るのと同時に、すさまじい衝撃がおそった。

「そりゃ……ここでは戦えないさ。場所を移したんだろ?さっき001が言ってたじゃないか」

いまいましげに008が言い、カプセルを振り返った。

「チッ……クソッ、半端なことしやがって、あのクソ餓鬼が!」
「お、大丈夫なのか、ジェット?」
「へっ、……何が殺すことだってできる、だ……!こんなヌルい攻撃、俺たちには……」
「……そうか、それも場所を移した理由のひとつかな」
「……ピュンマ?」
「ある意味、彼は本気だってことさ……本気で、009だけを殺そうとしている」
「なんでまた……」

007は長い息をつき、006は肩をすくめてみせた。

「究極の兄弟喧嘩アルな……」
「いや、そういう問題か?」
「たまらんな。……ウンザリするが、我々兄貴たちとしては、見届けにいかにゃならんのか?」
「いや……それよりやるべきことがあるよ、007」

時折襲う激しい振動に眉をひそめながら、008は慎重にカプセルとその周辺を調べ始めた。
002が呻きながらようやく身を起こし、首をかしける。

「気持ちはわからんでもないが……ピュンマ、無駄だろ?俺たちではどうにも……」
「もちろん。でも、どうして001がこんなことをしたのか……手がかりがあるかもしれないからね」
「……ウム」

005もうなずき、ゆっくりカプセルに近づいた。

「003が……呼んでいる」
「俺たちを?……いや、ジョーをか?」
「でも、このモニタを見る限り、彼女の脳波はほとんど動いていないよ、005?」
「……」
「脳波が動いていないなら、テレパシーのやりとりも不可能だということだろうな……ほとんど殺したも同然だ。殺さなければならないが、殺したくない……そんなところなんじゃないのか?」
「やっぱり、反抗期じゃねーか」
「……そういうこと?」

008は002と004を振り返り、やれやれ……と嘆息した。





――イワン……イワン!

悲しげな声がまとわりつく。それを振り払うように001は走った。
サイボーグの能力はコピーしなかったので加速装置は使えない……が、そもそもそんな必要はない。

――僕は、絶対に負けるわけにいかない。……それに。

「負けるはずなんかないんだ!」
「クッ!……ウ、ウワーッ!」

加速を解いた瞬間、すさまじい衝撃波に巻き込まれ、009は体のコントロールを失った。


「どうした、逃げ回ってるばかりじゃ、僕には勝てないよ。反撃しないのかい?まさか、仲間の僕を傷つけることはできない、とか?……それじゃ、死ぬ覚悟をしてくれたんだ?」
「……イ、イワン……っ!」
「その名で呼ぶなっ!……僕は、イワンじゃない!」
「こんなことは、もうやめるんだ!……君は、君以外のモノになんかなれない……僕がそうであるように!僕が死のうと生きようと、それは同じだ……本当は、わかっているんだろう?!君は、僕になりたいんじゃない!もちろん、神にだって……君は、ただ、フランソワーズに……っ?!」

最後まで言わせないとするように、001は渾身のESPを放ち、009を地面にたたきつけた。

「世迷い言を……いや、君のソレは油断ならないけどね……これまでどれだけの敵か、君の言葉に惑わされ……自滅していったか。……わかってる?加速装置なんかより恐ろしい、君の最強の武器さ」
「……イ、ワン……」
「でも……残念。今の僕には通用しないよ?」
「イワン……君は……イワンだ……!」
「――っ!」

――あなたは、イワンね?

突然、フランソワーズの柔らかい声が降り、001ははっと身をこわばらせた。
あの時の、感触だった。




あなたはジョーではない……と、悲しげにイワンを見つめていたフランソワーズの目に、少しずつ光が戻る。
あ、と思う間もなく、イワンは彼女に抱きしめられていた。

「ああ……!イワン!イワンね……私の坊や!……やっと見つけたわ、もう……離さない!」
「フ、フランソワーズ……?!」

狼狽しながら、イワンは何かが崩れそうになるのを懸命にこらえた。

「違う、僕は……よく見て、わかるだろう?……僕は、ジョーだ!」
「イワン……帰りましょう。探したのよ……ずっと、ずっと探していたの。どうしていなくなってしまったの?……悪い子……愛しい子……私の……大事な大事な坊や……!」
「……君は……まさか?!」

――それでは、君が目覚めなかったのは……僕を拒んだのは……ホンモノのジョーを求めたからではなかったのか?君は……君が探していたのは……僕?

温かい涙が溢れた。
いけない、と思っても彼女の胸から離れられない。
自分の姿が急激に赤ん坊に戻っていくのをイワンは感じていた。

――でも。でも、だめなんだ、フランソワーズ!……君は、やっぱり僕の母親であろうとしている……それでは!

「だめだ、フランソワーズ!……僕は、僕は君を殺さない!そんな運命……そんな世界は、認めないっ!」

――もうわかっただろう。諦めろ、息子よ……オマエは彼女を殺し、神となり、新しい世界を築くのだ!

「いやだ……いやだ、いやだっ!!」

――そうだ、その憎しみを……その怒りを、その絶望を、すべての根源である我らに向けよ!この忌まわしき父と……汚らわしき母に!

「いやだ……いやだっ!……まだ……諦めない。僕は、絶対に、諦めない……出口は、ある……!」

――もし、もしも本当に僕が父と……母に逆らえないのだとしても……運命はそこに定められているのだとしても……僕には、たったひとつ、出口がある……!

「……それが君だ、009っ!!」




体が、動かない。

ESPにおさえつけられているのか、深いダメージによるものか、それもわからない。
朦朧としながら、009はうっすらとまぶたを押し上げ、目の前に立つ自分……001をにらみつけた。

冷凍睡眠にかけられた003の姿にわき上がった激しい怒り……が、それを001にたたきつけることはおそらくできないと、どこかでわかっていた
一縷の望みは、彼が自分の姿をしていたことだった。自分自身なら容赦なく叩ける、そう思ったがやはり甘い。

「僕は……僕だ。そして、君は……やっぱりイワンなんだ」

攻撃することなど、できない。
それではフランソワーズを救えないのだとしても……でも。

「イワン……これが、君の望みだというのか……?」
「……」
「僕を殺しても、何も変わらない……君は、君だ。フランソワーズも……何も、変わらない」
「……言いたいことは、それだけか?」
「君は、彼女と共に生きたいんだろう?……彼女を愛し、彼女に愛されて……そうやって生きることのできる世界を守りたい。それだけだろう、イワン?……なぜ、こんなことをする必要がある?」

001は一瞬苦しげに顔をゆがめ……微かな笑みを浮かべた。

「そう……だね。……そんな必要はない。君ならそう思うだろう、009。君にはたやすいことなんだ……僕は、君が何の努力もせず、迷いもせず、当然のように彼女を愛し、彼女に愛されているのをいやというほど見てきた……そうさ、君にはたやすいことだ……だからっ!」
「……クッ!……や……めるんだ、イワン!」
「君のその幸せな世界で、僕はこういう役回りだ……そして、彼女は僕の母親、僕によって不幸のどん底に落とされ、僕に殺されるために選ばれた、宿命の女!」
「イ……ワン…っ!」
「わかるか、009?……僕が君を殺さなければならない理由……そして、君が僕と戦わなければならない理由が?僕は、この世界を壊さなければならないんだ……君を倒し、僕の宿命をふりほどき、彼女を手に入れる……島村ジョーとして!認めたくないなら、抗え……僕と戦え!」
「……違うっ……!君は、忘れている……いや、僕だってわかっていなかった……でも、今ならわかる……僕を見ろ、イワン!」
「……何?」
「よく、見てくれ……よ……僕は……誰だ?」
「……何を……言っている?」
「思い……出したんだ……初めて……君たちと出会ったときのことを」
「……」
「フランソワーズは……本当に愛おしそうに君を抱いていた……彼女の目も、表情も……全身が語っているようだった。君が何より大事なんだと……僕は……だから、僕は……!」
「……009」
「それは、僕がほしくてほしくて……でも、どうしても得られなかったものだ。イワン……僕に、返してくれ……君たちを……もし僕に、まだその資格が……あるなら……!」
「やっぱり……君は危険だよ、009……恐ろしい武器を持っている……でも、言ったはずだ、僕には通用しないと!」 

叫ぶなり、001は渾身のESPを放った。
自分をまっすぐ見つめる009の瞳は限りなく澄み、なすすべもなくその中に引き込まれそうになる。

――その目を閉ざせ!……永遠にだ!!

「……っ!……えっ?!」
「な、に…っ?!」

突然、まばゆい光の柱が二人の間に上がった。
ESPの波動がかき消え……二人は同時に叫んだ。

「フランソワーズ!」      




「な、なんだ?!何が起きてる、ピュンマ?!」
「わからない!……だが、まずいぞ!……これは、まさか?!」

一斉に警告音が鳴り響き、赤いランプがあちこちで点滅している。
チクショウ……っ!と額に汗を浮かべ、懸命にコンピュータを操作しようとする008の指に、強烈な電流が走った。

「うわああああああっ!」
「ピュンマ!」
「……脳波が……動いている。それだけじゃない……このままだと、覚醒する……!」
「覚醒?……フランソワーズがか?」

鋭くカプセルを振り返り、004は舌打ちした。

「は、早くカプセルを開けるアル!……覚醒したら、フランソワーズ、ほとんど生身の体ね!死んでしまうアルよ!」
「わかってる……っ!だが!」
「完全にイカれてるじゃねーか、この装置!どうなってるんだ!おい001!どこにいやがる!なんとかしろ、001!!」

――みんな、伏せろっ!

強いテレパシーに、体が有無を言わさず反応する。
それは、長い戦いが彼らに刻んだ習慣だった。

耳をつんざく轟音とすさまじい振動が続き……収まったとき。
サイボーグたちは、いつの間にか床に倒れ、眠っている003に目を見張った。

「カ、カプセル……開いた、アルか?」
「……001、だな……?」

――まだ、危険だ……彼女を一刻も早く、ギルモア博士のところへ!

「お、おう……って、オマエがテレポートするのが手っ取り早いだろう、001!」

――ウン。でも……ごめん、力が残ってない。

「な……に?」

――逃げてくれ、みんな。009は外にいる。この島は……もう、もたない。

「そりゃまあ……そういうことなら逃げるしかないが。オマエさんはどこにいるんだ、001?」

――結構、遠いところさ。大丈夫、僕は死んだりしない。いいから、早く逃げるんだ。

へっ、と唇をゆがめ、007は004と顔を見合わせた。

「オマエらしくない言いぐさだな……009ならわかるが」
「そうだな。で、もしヤツなら……そう言われてはいそうですか、と逃げるわけにはいかない状況でもある、と」
「やれやれ……やってられねーぜ」

――やめろ!逃げるんだ、早く!

「バーカ、俺たちを誰だと思ってやがる、001?」
「さっさと居場所を吐けよ、時間がないんだろ?」
「ン?……アラ?返事するよろし!こら、001!!」

テレパシーがかき消え、サイボーグたちは素早く視線を交わし合った。

「手間かけさせやがって……002、オマエは003を連れ出せ!あとはあの反抗期のバカヤローを探すんだ!」
「了解!……って、004、いくらムカつくからって、見つけるなり機関銃はナシ、だぜ?」
「冗談言ってる暇はないだろう!急げ!」
「……待ってくれ、みんな!」

はっと振り向くと、009が肩で息をしながら立っていた。

「無事だったか……じゃ、ねーな。なんだオマエ?ぼろぼろじゃねーか」
「……イワンの行く先なら、僕が知ってる……ここは本当に危険だ、みんな逃げてくれ」
「お言葉だがな、オマエにそう言われてはいそうですか、と逃げるわけには……」
「逃げてもらう。……これは僕とイワンの問題だからね」
「……っ!てめェ……」

つかみかかろうとした002の手が届く前に、009の姿は消えた。
008がやれやれ……と首を振る。

「信じろっていうつもりかね……?でも、他にどうしようもないか」
「そういうこと、らしいな……行くぞ。戻ったとき、003や俺たちが無事じゃなかったら……またあいつらにひと暴れされちまうからな」
「……困った坊やたちアルね……」

ぼやきながらも、サイボーグたちは素早く動き始めた。
たしかに、一刻の猶予もならない状況だった。

「遠いところ……か」

004はつぶやいた。
もう009の走る音は聞こえない。
彼は001を追ってどこまで行ったというのか。行けるというのか。

「だが……オマエは」

超えなきゃならねえ。
それがどんなに遠くても、だ。

連れて帰れ、ジョー。
オマエの全てをかけて、あの手に負えねえ赤ん坊を。

……オマエたちの、ワガママ息子をな。

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